日本遺産認定10周年記念「鯨とともに生きる」公開セミナーが24日、太地町の国際鯨類施設で開かれた。クジラに深く関わる仕事をしている4者が約100人の来場者へ、クジラにまつわる話をさまざまな角度から展開した。
熊野灘沿岸地域の捕鯨文化に関するストーリー「鯨とともに生きる」は2016年4月、文化庁の日本遺産に認定され、今年で10年を迎えた。
紀伊半島の南東部、黒潮が流れる熊野灘沿岸の人々は、昔からクジラとともに生きてきた。一帯では江戸時代初期に組織的な捕鯨が始まり、地域の一大産業に発展。捕鯨は現在も継続されており、地域にはクジラと人との関わりを示す史跡が残り、クジラにまつわる祭りや伝統芸能、食文化も受け継がれている。
セミナーでは①町立くじらの博物館長・稲森大樹さんによる「太地町立くじらの博物館における鯨類飼育の変遷と未来」②町歴史資料室学芸員・櫻井敬人さんによる「クジラは誰のものか:漁場利用とクジラ所有の権利の歴史③
日本小型捕鯨協会長・貝良文さんによる「沿岸捕鯨の現状」④一般財団法人日本鯨類研究所理事長・藤瀨良弘さんによる「日鯨研、太地町に来たる―その将来構想」―の4講演が行われた。
■小型鯨類飼育の歴史
稲森館長は、1969年の開館当時から現在に至るまでの小型鯨類飼育の歴史を振り返った。博物館での鯨類飼育第1号は「スジイルカ」だが、飼育翌日に死亡。その後、追い込み漁によって捕獲した約40頭のコビレゴンドウの飼育がスタートしたが、環境の変化により餌を食べなかったり、病気にかかったりするなどして次々と命を落とし、1年後に全ていなくなってしまった。これを踏まえ、博物館は「強制給餌」によって餌の魚を食べることに慣れてもらうよう取り組んだ。取り組みのかいもあって、85年にコビレゴンドウの飼育日数が世界記録を更新した。
博物館名物のショーは、福島県いわき市の「照島ランド」や米国の「マリンランド」のトレーニングを参考にして始まった。現在は改良を重ね、動物と人との負担軽減やコミュニケーションなどに重きを置いたトレーニング方法へと発展させている。
クジラの飼育やトレーニングは湾内に作った「鯨プール」で行われている。稲森館長は「クジラにとって良い刺激があり、生き生きしているように感じられる」と語った。
■熊野灘での捕鯨
櫻井さんは、熊野灘では太地、三輪崎、古座の三つの鯨組が4種類(ザトウクジラ、セミクジラ、コククジラ、マッコウクジラ)を捕獲しており、まれにナガスクジラとイワシクジラも捕れていたこと、1675(延宝3)年に捕鯨時のルールをまとめた「鯨突き定め」ができたことなどを紹介した。
■沿岸捕鯨の様子
貝協会長は、町が保有する、基地式捕鯨業に使われる小型捕鯨船「第七勝丸(32㌧)」での沿岸捕鯨の様子を紹介した。双眼鏡でクジラを探し、見つけたクジラにロープ付きの銛を打ち込んで捕獲。捕らえたクジラは、腹を割いて内臓などの内容物を取り出し、その後解体作業が行われる。貝協会長は、解体されたクジラは解体用のブレードを使って成形して箱詰めされ、全国に出荷されると説明した。
■太地町に研究拠点
藤瀨理事長は、2024年に「くじらの学術研究都市」を目指す太地町を研究拠点とした経緯を紹介。森浦湾での小型鯨類の定置網混獲回避に関する研究やイルカの群れの構造研究などを通じ、「成果を地域の学びにつなぎ、学術研究都市の実現に貢献したい」と語った。
(2026年10月27日付紙面より)