太平洋戦争が終結し、81年が経過した。戦争の痛ましい記憶は私たちの心に深く刻まれ続けているが、当時の状況を知る人は少なくなっている。今を生きる人たちは、平和の尊さを決して忘れず、後世に伝えていかなければならない。終戦の日である15日、新宮市遺族会は熊野速玉大社神宝館横の忠魂碑前で「令和8年度新宮市戦没者慰霊祭」を実施した。市遺族会の池上順一会長をはじめ、会員や来賓ら30人が出席し、戦場にはせ参じ命を落とした英霊に祈りをささげ、平和への思いを再確認した。
黙とうの後、神職が同所に祭られている英霊を追悼。参列者が順次玉串をささげて、戦場に散った家族らの冥福を祈った。
池上会長は追悼の辞で「私たちが、平和で、自由で、健康に暮らすことができているのは、戦争で犠牲になられたあなた方のおかげ」と感謝。81年という長い年月がたち、戦争を知らない人たちが大半を占めていることに触れ、悲劇を後世に残さないために語り継いでいくことが使命だと強調した。
続いて、上田勝之市長が弔辞。祖国の安泰を願い、愛する家族を案じ、身をもって難に立ち向かって尊い命をささげた戦没者を思い、今日の平和な生活は、幾多の犠牲と深い悲しみの中で歩んできた遺族の労苦の上に築かれていることを強調。「戦後生まれが大半となった現在、今日の平和は、たくさんの犠牲によって築かれたことを忘れてはならない」と言葉を紡いだ。
上野潤権宮司は、戦争でフィリピンに赴いた兵士が残した手紙に記された、まだ生まれていない子や孫を〝第二の国民〟と表現して日本の未来を託したエピソードを紹介。「たとえ血縁でなくても、血縁以上の絆で結ばれているのではと感じさせる」と話した。
(2026年8月19日付紙面より)
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