古式捕鯨発祥の地・太地町でのクジラと人との関わりを学ぶため、太地町立太地中学校(清嶺地寿広校長)の1年生12人が10日、町立くじらの博物館を訪問。町歴史資料室の学芸員・櫻井敬人さんから説明を受け、理解を深めた。
町では小学校の頃から6年間をかけて「くじら学習」に取り組んでおり、さまざまな角度から鯨類について学んでいる。中学校に進学後は、より広い視点で鯨類への理解を深めている。
生徒は管内の展示資料「紀州熊野浦捕鯨図屏風(びょうぶ)」を基に、櫻井さんから捕鯨にまつわるクジラと人との関わりを学習した。
屏風には、串本から三木崎(三重県尾鷲市)までの地形と、熊野灘で行われていた捕鯨の様子が描かれている。太地組、三輪崎組、古座組の三つの鯨組が主に6種類のクジラ(ザトウクジラ、セミクジラ、コククジラ、マッコウクジラ、ナガスクジラ、イワシクジラ)を捕獲していたが、櫻井さんは屏風にはナガスクジラとイワシクジラを除いた4種類しか描かれていないと指摘。この2種の捕獲はごくまれだったのが理由だと解説した。
描かれている絵を基に、捕獲したクジラは大阪方面を中心に出荷されていたと説明。これに関連して、太地町のある紀伊半島に注目。交通アクセスの不便さから「陸の孤島」と評されることもあるが、海としての目線(流通面)で見れば、大阪方面や東京方面どちらにとっても非常に重要なルートであると強調した。
この後、捕鯨で使われていた船「勢子船(せこぶね)」を紹介。船体は豪華絢爛(けんらん)な彩色が施されているが、その中でもひときわ豪華な「鳳凰(ほうおう)」の装飾が施されているのは「刃刺(はざし)」と呼ばれる銛(もり)を突く役割の人たちだと解説した。
(2026年9月12日付紙面より)
もっと見る
折たたむ
別窓で見る